​観光スポット

​①二宮神社

二宮神社は明治期までは、小河大明神・二宮大明神と称していました。府中の大国魂神社(武蔵総社六所宮・大國魂神社)所祭神座の第二席に「二宮 小河大神」と記載されることから「武蔵二の宮」とされています。明治三年に社号を二宮神社と改めました。
 鎌倉・室町期の大石氏の居城であった二宮城が二宮神社の境内地にあったとされ、「二宮神社並びに城跡」として東京都指定旧跡になっています。
 毎年9月8~9日に行われる祭礼は「しょうが祭り」と呼ばれ、神輿が練り歩き、生姜などを売る露店も並び、とても賑わいます。また、現在でも続く農村歌舞伎「秋川歌舞伎」の伝承地でもあり、祭礼時には舞台も行われます。
 敷地内には二宮考古館があるほか、付近には「お池」と呼ばれる湧水池(東京の名湧水57選の一つ)があります。
二宮という名前から、ジャニーズのアイドルグループ「嵐」のファンが願いを託した絵馬なども多数見受けら、聖地化しているようだ。

②​玉泉寺

​創立は不詳。現本堂・山門・鐘楼は元禄4(1691)年第4世詮海の代に落成という。明治6(1873)年から明治24(1891)年まで、東秋留小学校の前身二宮小学校として使われていた。市指定天然記念物のエノキがある。

③​風邪を治す神様

二宮神社近くの池の隣に、風邪をひくとお供えしてある、しゃもじを借りて帰り、治ると借りたしゃもじに、お礼のしゃもじを加えてお供えをする。そのようにして、風邪を治していまいます。(現在はおしゃもじはありません)

④​枯れない池

景行天皇の皇子ヤマトタケルノミコトは、東の国へ軍勢を率いて進んでおりましたが、毎日続く日照りで川も干上がっていました。飲水に困り、水の国の神様で二宮神社の祭神の「国常立尊」(クニノトコタチノミコト)に水を授ける祈りをしたところ、水がいきよいよく吹き出し、たちまち池となり、その後もその池には、いつも水がいっぱいで湧き続けています。この池には龍が住んでいる話もあります。東京の名湧水57選に選ばれています。

​⑤足神様

縄文時代から地域を守ってきたと言われる、神様で荒波々伎(あらはばき)神を祭った足神様が二宮神社の境内にあります。健脚、足腰にご利益のある神様ということで、足の痛みや腰痛、膝痛などに悩んでいる方や不安がある方は、どうぞお立ち寄り下さい。

⑥逢(愛)のみち

二宮神社の神様が森山の神様と逢びきした道ということで、名前がついております。通りの中心の家の屋号もあいのみちで、いまでも通称でこの道を地元ではあいの道と呼びます。どうぞご夫婦やご姉弟、仲間、恋愛中の方、神様が逢びきした道を仲良く歩いてみませんか。

⑦​前田公園

ここは普通の公園ではなく、歴史の声が聞こえる場所です。昭和の時代に発掘調査が行われ、縄文時代から古墳時代にかけての集落跡が検出されました。公園内には縄文時代と弥生時代の住居跡が保存されています。出土した土器などは二宮考古館で見ることができます。
 
前田耕地遺跡について
多摩川支流の秋川と平井川に挟まれた段丘上に位置し、昭和51年から59年まで発掘調査が行なわれました。この調査で縄文時代草創期(約13000年前)から古代に至る集落跡が確認されました。とりわけ、草創期に属する2軒の住居跡は、この時期に属する住居跡としては我が国での最初の発見例として注目されました。そのうち1軒の住居跡からは、クマなどの動物骨とともに、サケ科魚類の顎歯が約8000点出土しました。これは、日本列島における最古の河川漁撈活動を示す考古資料となっています。また、河原に豊富にある良質のチャートを石材とし、石槍などを大量に製作した際に生じた石の破片のまとまりが6か所発見されました。
 なお、本遺跡の北東300mには、同時期における秋川流域の拠点的集落であったと考えられる二宮森腰遺跡が所在し、本遺跡との間で交互に居住が繰り返されてきたことが判明しています。
 前田耕地遺跡は縄文時代草創期の食糧獲得活動や石器製作技法を具体的に知ることのできる貴重な遺跡であることから、一部が保存され、前田公園として開放されています。

​⑧梨木坂

ざくざくばばあの湧水のそばは、坂道でうす暗いところだったが、劇場で芝居がある時期、西の方から多くのお客がこの坂を通った。この時は銀座通りのように賑やかになり、坂の途中ということで、ところてんを売る人が現れた。坂の下の湧水が冷たくところてんはよく冷えておいしいと評判だった。この評判があちこちに伝わり、ところてん屋は大変繁盛したという。いつしかこの坂を「ところてん坂」というようになった。(「秋川の昔の話」秋川市教育委員会発行より)

​⑨ざくざくばばあ

今では梨の木はありませんが、梨木坂の道の途中を少し折れて下った場所に湧水があり、そこでお婆さんが小豆を洗うような「ざくざく・ざくざく」という音が毎晩聞こえてくるのです。この場所を通るなら昼間がお勧めです。

⑩​耳だれ地蔵

大通りに面した場所に祀られていますが、ひっそりと気が付かないような、お地蔵さんですが、いつのころからか耳だれの病に御利益(ごりやく)があるといわれています。

⑪​熊野神社

創立年代は不詳であるが、宝永5(1708)年修復の棟札がある。紀州熊野三社を勧請し、昔は熊野三社大権現と称したが、明治2(1869)年改称した。市指定天然記念物のケヤキがある。古くは玉泉寺持であった。

​⑫森田家

 森田家住宅は、東京都あきる野市小川に所在し、睦橋通りの小川交差点の北西一角を占める。東には熊野神社、北には林泉寺がある。小川地区は、地理的に多摩川と秋川の合流する結節点にあたり、水量が豊富なうえ、水質にも恵まれており、かねてから多摩地区屈指の水郷地帯であった。
 森田家は、屋号を「久森」といい、この地域を代表する豪農で、かつてはこの地域の庄屋をつとめていた。現在の当主は第17代となり、元禄期から幕末にかけては、恵まれた米と水を使って、酒づくりが行われており、以前は酒蔵もあった。
 約6,000㎡という広大な敷地には、主屋、門、見世蔵、前の蔵、味噌蔵、西蔵、旧米蔵、御看経堂といった8棟の近代和風建築が建っており、同時期かやや後につくられたと思われる木塀も残っている。
これらの建物は。建築的水準が高く、用いられた木材も上等のものが多い。特に、主屋の式台玄関はきわめて精緻な大工仕事である。

​⑬安兵衛桜

大正14年開業の五日市鉄道の駅を桜で埋め尽くしたいと、当時隣村の牛沼村の坂本安兵衛さんが自ら吉野桜を植え付けたもので、枯木となった今でも、ここ東秋留駅利用者や通行人が春の訪れを楽しんでおります。

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